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無形文化財

無形文化財

楽器匠(鼓匠)

Drum Maewoogi img
  • 指定番号国家指定重要無形文化財第42号
  • 保有者(故)尹徳
  • 珍指定日1995年3月16日

1991年5月1日に重要無形文化財第63号に指定された「太鼓張り」の技能保有者鼓匠尹徳珍(九里市橋門洞居住)である。わが国の太鼓の期限は明確ではないが、楽浪公主と好童王子の自鳴鼓と扶余の迎鼓で使用されたことが分かる。高句麗の安楽3号古墳の壁画などに描かれ、朝鮮時代になると正確な記録が見られる。歴史時代の前後を含めて今までその脈は続いてきた。「太鼓を張る」というのは太鼓の生命である共鳴本体に皮を張ることだ。鼓を作る過程は「河を扱う仕事と鼓を作る仕事」に分けられるが、皮は生皮を石灰に漬けておいた後で鶏糞の水に浸してから乾かして使用する。もっとも良い皮は3~5歳の黄牛の皮である。太鼓の本体は丸木のものと張り合わせたものがあるが、一定の大きさと角度に曲がるようにして使用する。尹氏が製作した鼓の種類は、ソリ鼓(パンソリゴス鼓)、チュル鼓(農楽)、ムダン鼓、チョル龍鼓、ネゴ(宗廟で使用)-坐鼓、ノ鼓(6つの鼓)など伝統太鼓は17種類ある。1986年のアジア大会、1988年ソウルオリンピックの開幕式、閉幕式で響き渡った龍鼓(直径1.5M)をはじめとして二つの行事に1千1百74個を製作し、青瓦台の前の文民鼓(150×160cm)も尹氏の作品で、鼓作りの四代目の継承者だ。

葛梅洞トダングッ

Dodang Exorcism of Galmae-dong img
  • 指定番号京畿道指定無形文化財第15号
  • 保有者イ・ヨンムン外、葛梅洞住民、趙順子 ・ 許
  • 龍嶪指定日1995年絵8月7日、1998年9月(保有者追加)

京畿道トダングッの原型をそのまま持っている葛梅洞トダングッは、九里市葛梅洞一帯の7つの自然集落で500~600年前から行われてきた老人神と老女神を祀るグッ(巫女が供物を供え歌舞を演じて神に祈願する儀式)で、2年に1度ずつ行われる。陰暦2月1日に集落のグッを主管する堂主、熟手、都家、化主などを集落の住民の中から不浄のない人を選んで祭の準備をさせ、陰暦3月1日前後の日を選んでグッの日を決めるが、集落の安寧と豊穣を祈願する村祭としてその意味が大きい。トダングッ関連文書が現存しており、グッの歴史的起源が正確に究明され、長い伝統のある集落グッであることが証明されている。この葛梅洞トダングッに関しては去る1996年に学術調査作業が行われ、その内容は『葛梅洞トダングッ』(葛梅洞トダングッ学術組合調査団、京畿道九里市、1996)に収録されている。一方、1998年9月11日巫女堂主の趙順子とチェビ堂主の許龍嶪が京畿道指定無形文化財題15号葛梅洞トダングッ技・芸能保有者として指定され、堂が追加で指定された。

刺繍匠

Embroidery Work img
  • 指定番号京畿道指定無形文化財第25号
  • 保有者辛相順
  • 指定日1998年9月11日
  • 所在地九里市峨川洞169

1931年に日本神奈川県で生まれた辛相順は、日本で小学校を卒業した後に帰国し、1951年に慶南馬山女校を卒業した。在学当時に馬山の刺繍匠金蘭草先生に刺繍技術を師事し、伝統刺繍分野に関心を持つようになった。 1960年から刺繍に関連したさまざまな遺物を収集し、またそれを再現することに力を注ぎ、1978年には外務部と文教部の後援でアジア各国の刺繍界を回って韓国の刺繍の美しさと優秀さについての講演と展示会などの活動をした。作品として『花鳥図屏風』、『十長生屏風』、『百童子図屏風』などがあり、1971年に刺繍院『ファリン工房』を設立してから今日まで弟子の要請と研究に没頭している。家門で代々継がれてきた民俗品の製作技能に優れた辛相順は、現在九里市峨川洞に住んでおり、ソウル龍山区東氷庫洞で刺繍工房を運営している。また、ソウルヒルトンホテルで常設展示場を運営している。

石匠

Master of Stone Craft img
  • 指定番号京畿道指定無形文化財第42号
  • 保有者イ・チェス
  • 指定日2005年2月7日
  • 所在地九里市仁倉洞

幼い頃から石工芸に持って生まれた才能を見せ、1976年、1977年全国技能競技大会で連続して金メダルを受賞し、1989年には大韓民国石工芸名匠に選定(第18号)され、石工芸部分の能力を示し、各美術大典、仏教美術大典で優秀な成績で入賞している。イ・セオク、キム・ジニョン先生に師事、仏教美術部分に多くの作品を制作し、2005年2月7日に京畿道指定無形文化財(第42号)に指定された。 2002年に蜜陽小台里の石塔(宝物312号)復元、2004年金芚寺址石塔(宝物945号)補修などの文化財復元、補修作業に寄与しており、九里市仁倉洞に住んでいる。(石工芸工房は抱川市内村面)